アメリカ合衆国のボクシング中継
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アメリカ合衆国のボクシング中継(アメリカがっしゅうこくのボクシングちゅうけい)は、19世紀末の実写映画を端緒とし、ラジオ中継を通して確立された[4]。ボクシングのテレビ中継は1939年に始まったが[5][6]、受像機を持つ家庭は1950年の時点でも1割に満たず[7]、この頃まではニュース映画の上映権料やCCTV(クローズド・サーキット・テレビジョン)の放映権料が、興行収入の大半を占める入場料を脇から支えていた[8]。1959年にかけて8割を超える家庭が受像機を持つようになり[9]、これにともなってテレビでのボクシング中継が盛んになると、会場は規模の大小に関わらず活気を失った[10][11]。入場料に代わってテレビの放映権料がボクシングの主な収入源となり、テレビ中継のある興行でメインイベントに登場する選手たちのファイトマネーは上昇傾向にあったが[12]、1950年代の終わりからネットワークの地上波の視聴率はすでに下がり始めていた[13]。ラジオ、地上波、CCTVに続いて、衛星放送、ケーブルテレビ、さらにはストリーミングによる中継が行われるようになるが、力量差のある退屈なマッチメイクや選手自身のリスクを冒さない無難な戦い方に加え、不当判定の頻発などにより信頼を失ったボクシングは、広告主を他競技に奪われると収入を確保することができなくなった[14][15]。
今日のアメリカ合衆国ではケーブルテレビでの中継が主流で、限られたカードのPPV(ペイ・パー・ビュー)中継が莫大な収益をもたらしている。テレビ局は実質的にプロモーターやマッチメイカーの役割を果たし、中継カードは技術の評価や競技性よりも視聴率やPPV売上の期待値に基づいて決定される傾向にある[16][17][18]。