エスファハーン
イランの都市 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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エスファハーン(ペルシア語: اصفهان; Eṣfahān [esfæˈhɒːn] ( 音声ファイル)、英: Isfahan) は、イランの都市。エスファハーン州の州都。テヘランの南約340kmに位置する[1]。日本語では、慣例的にイスファハン、イスファハーンとも表記される[2]。
概要 エスファハーン اصفهان / Eṣfahān, 位置 ...
エスファハーン اصفهان / Eṣfahān | |
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イマーム広場の建物 | |
愛称 : 世界の半分(Nesf-e Jahān) | |
位置 | |
座標 : 北緯32度39分5秒 東経51度40分45秒 | |
行政 | |
国 | イラン |
州 | エスファハーン州 |
市 | エスファハーン |
市長 | Morteza Saqaeian Nejad |
地理 | |
面積 | |
市域 | 279 km2 |
標高 | 1,550 m |
人口 | |
人口 | (2006年現在) |
市域 | 1,583,609人 |
その他 | |
等時帯 | IRST (UTC+3:30) |
夏時間 | UTC+4:30 (UTC+4:30) |
公式ウェブサイト : http://www.isfahan.ir/ |
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古くからの政治・文化・交通の拠点であり[3]、16世紀末にサファヴィー朝の首都に定められ発展した。当時の繁栄は「エスファハーンは世界の半分( Esfahān nesf-e-jahān ast 、エスファハーン・ネスフェ・ジャハーン)」と賞賛され[4][注 1]、この街を訪れたヨーロッパの商人も繁栄の記録を残している。イラン人にとってエスファハーンは歴史的・文化的に重要な町であり[5]、町の美しさは「イランの真珠」と例えられる[6]。
町は16世紀以前に建設された旧市街と、サファヴィー朝の王アッバース1世が建設した新市街で構成される。有名なイマーム・モスク(王のモスク[注 2])などがある新市街のイマーム広場(王の広場[注 2])は、ユネスコにより世界遺産に登録されている。
町の住人は出費に厳しい「倹約家」「吝嗇家」として良くも悪くも有名であり、他の地域の人間からは敬遠されることがある[7]。イランでは「エスファハーンはいいところだ。エスファハーン人さえいなければ」という住民を揶揄する言葉も知られている[8]。また、エスファハーンの人間は訛りが強いことでも知られ、言葉を聞いただけで容易に出身地が判別できるほどだと言われる[8]。