プトレマイオス5世
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プトレマイオス5世エピファネス(ギリシア語: Πτολεμαίος Ε' Επιφανής、紀元前210年10月9日 - 紀元前180年9月)は、古代エジプト、プトレマイオス朝のファラオ(在位:紀元前204年 - 紀元前181年)。プトレマイオス4世とアルシノエ3世の子。エピファネス(もしくはエピパネス、「顕現神王」の意)を自称した。
概要 古代エジプト ファラオ, 統治期間 ...
プトレマイオス5世 | |
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Πτολεμαίος Ε' Επιφανής | |
古代エジプト ファラオ | |
統治期間 | 紀元前204年 - 紀元前181年,プトレマイオス朝 |
共同統治者 | クレオパトラ1世 |
前王 | プトレマイオス4世 |
次王 | プトレマイオス6世 |
ファラオ名 (五重称号)
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配偶者 | クレオパトラ1世 |
子女 |
プトレマイオス6世 クレオパトラ2世 プトレマイオス8世 |
父 | プトレマイオス4世 |
母 | アルシノエ3世 |
出生 | 紀元前210年10月9日 |
死去 | 紀元前180年9月 |
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プトレマイオス5世の即位前後の王朝の混乱に乗じた周辺の国家がエジプトを攻撃し、王朝は多くの領地を失った。また、王朝の支配下に置かれていたエジプト土着の住民の民族的自覚が高まり、各地で反乱が頻発した[1]。プトレマイオス5世の時代から、プトレマイオス朝は衰退を始める[1]。