Ju 52 (航空機)
ドイツの輸送機 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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ユンカース Ju 52(ユー 52、独: Junkers Ju 52)はドイツのユンカース社が設計・製造した航空機である。
Ju 52
1920年代後半に航空技師エルンスト・ツィンデル(ドイツ語版)が中心となって開発が始まる。設計段階からユンカース社が開発し、F.13、W 33(英語版)、W 34(英語版)など当時の同社製飛行機に多く使用されていたジュラルミン製の波型(コルゲート)外板が採用された。しかし、波型外板には機体の強度を高める一方で空気抵抗が増加する欠点があった。
1930年10月13日に初飛行した。当初は民間の貨物・旅客機向けの単発機 (Ju 52/1m) として設計された。1931年に三発機型 (Ju 52/3m[注釈 1]) が設計され、大量生産された。Ju 52/3mは17人乗りの旅客機または貨物機として、スイス航空やルフトハンザなど12社以上の航空会社で運用された。
1933年に成立したナチス政権はユンカース社に対してJu 52を軍用機として製造することを要求し、フーゴー・ユンカースの抵抗を押し切ってこれを強要した。結果、数千機のJu 52がドイツ空軍の主力輸送機として納入され、第二次世界大戦ではほぼ全ての戦線に配備され、輸送機・爆撃機として使用された。さらに外国の軍にも採用され、スペイン内戦、チャコ戦争、ポルトガル植民地戦争などに投入された。
1931年~1952年まで生産が続けられ、大戦後も軍用機・民間機として使用され、1980年代にも多くの機体が現役で運用されていた。21世紀に入っても少数の機体が展示飛行や遊覧飛行用として使用されている。