ペチェネグ
カスピ海北から黒海北の草原に存在した遊牧民族(8-9世紀) / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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この項目では、かつて存在した遊牧民の部族同盟について説明しています。ロシアの汎用機関銃については「PKP ペチェネグ」をご覧ください。 |
ペチェネグ(英:Pechenegs)は、8世紀から9世紀にかけてカスピ海北の草原から黒海北の草原(キプチャク草原)で形成された遊牧民の部族同盟。
9世紀末に遊牧民のハザール人とオグズ人の圧迫によって黒海北岸の草原に移住し、そこからフィン・ウゴル系の遊牧民マジャル人(後のハンガリー人)、ならびにスラヴ系の農耕民ウールィチ人、ティーヴェルツィ人を追い出した。10世紀を通じてキエフ・ルーシ、ブルガリア、ハンガリー王国、ビザンツ帝国などの隣国と抗争を繰り広げた。11世紀末に、遊牧民のポロヴェツ(クマン、キプチャク)に圧迫されてドナウ川を越え、ビザンツ帝国領内へ移住した。残った人々は、ポロヴェツに同化した。