エフゲニー・プリゴジン
ロシアのオリガルヒ、軍人 (1961-2023) / ウィキペディア フリーな encyclopedia
エフゲニー・ヴィクトロヴィチ・プリゴジン(露: Евге́ний Ви́кторович Приго́жин, ラテン文字表記:Yevgeny Viktorovich Prigozhin, Yevgeniy Vicktorovich Prigozhin, 1961年6月1日 - 2023年8月23日)は、ロシアの実業家、商業軍人。ロシアのオリガルヒの一人であり[5]、ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンに重用されていた人物[6]。アフリカ、シリア内戦、ウクライナ紛争での戦争犯罪で告発されているロシア支援の傭兵組織「ワグネル・グループ」および2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるロシアの干渉、2018年の中間選挙に関与して告発された3つの企業ネットワークを統括していた[7]。ワグネル・グループの部隊をまとめ指揮する商業軍人(民間軍事会社の創業経営者)としての面も持っていた。
エフゲニー プリゴジン Евгений Пригожин | |
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2023年6月13日撮影 | |
生誕 |
(1961-06-01) 1961年6月1日 ソビエト連邦 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 レニングラード |
死没 |
(2023-08-23) 2023年8月23日(62歳没) ロシア トヴェリ州クジェンキノ |
国籍 |
ソビエト連邦(1961 - 1991年) ロシア連邦(1991 - 2023年) |
別名 | プーチンのシェフ“料理人” |
職業 | 実業家、商業軍人(傭兵) |
団体 |
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罪名 |
1979年:18歳頃 窃盗 |
刑罰 |
執行猶予付き判決(1979年) 懲役12年(服役 1981–1990年) |
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ベリングキャット、ザ・インサイダー、デア・シュピーゲルの調査では、プリゴジンの活動は「ロシア国防省とその諜報機関GRUと緊密に統合されている」という[8]。アメリカ合衆国では、プリゴジンと関連団体はウクライナ侵攻による経済制裁と政治干渉による告発の対象である[7]。プリゴジンのレストランやケータリング事業がプーチンの外国の高官との夕食会をもてなしたことから、「プーチンのシェフ(料理人)」とも呼ばれた[9]。
ウクライナ侵攻において、ワグネルの部隊はバフムートの戦いなどに参加。プリコジンは2023年5月には、弾薬補給の不足について、セルゲイ・ショイグ国防大臣とロシア連邦軍のワレリー・ゲラシモフ参謀総長を公然と非難した[10]。同年6月23日にはロシア連邦政府に叛旗を翻し、首都モスクワへ進軍を開始(ワグネルの反乱を参照)。プーチンはこれを「反逆」「裏切り」と非難。25日には、隣国ベラルーシの大統領アレクサンドル・ルカシェンコの仲介で矛を収め、プリゴジンはベラルーシへ亡命することになった。事態の進展によっては、ロシア国民からの支持を受けた革命や、さらには内戦に発展する可能性があった。この反乱はわずか2日で終結したものの、プーチン政権にとって大打撃となった[11]。しかし、その直後から毎日のように更新していたSNSの更新が途絶え、24日夜にロシアのロストフ州を出発して以来スタッフとも連絡が取れず行方不明となったが、27日になってベラルーシに到着した[12][13][14]。その後はふたたびロシアに戻ったとされ、詳細な所在は不明となっていたが、7月28日にサンクトペテルブルク内のホテルに滞在しているのが確認された[15]。
2023年8月23日、モスクワ北西部のトヴェリ州で墜落したビジネスジェットの乗客名簿にプリゴジンの名前があり、乗客乗員10人は全員死亡したと報道された[16][17](トヴェリ州エンブラエル・レガシー600墜落事故)。