笠置山の戦い
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笠置山の戦い(かさぎやまのたたかい)は、鎌倉時代後期の元弘元年(1331年)9月に山城国相楽郡笠置山(現在の京都府相楽郡笠置町)において、鎌倉幕府打倒を目指す後醍醐天皇側と、幕府側との間で行われた戦いである。
概要 笠置山の戦い, 交戦勢力 ...
笠置山の戦い | |
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笠置山の戦いを再現した人形。弓で戦う武将は足助重範。巨岩を敵に投げつけようとしているのは般若寺の僧本性房。(京都府相楽郡笠置町) | |
戦争:元弘の乱 | |
年月日:(旧暦)元弘元年9月2日 - 同年9月28日 (ユリウス暦)1331年10月4日 - 同年10月30日 | |
場所:山城国相楽郡笠置山 | |
結果:笠置山陥落 | |
交戦勢力 | |
後醍醐天皇勢力 | 鎌倉幕府 |
指導者・指揮官 | |
千種忠顕 四条隆資 |
大仏貞直・金沢貞冬 足利高氏 |
戦力 | |
3,000 | 75,000 |
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